瀕死に追い込まれた官兵衛を救う栗山善助、そして死にゆく軍師・竹中半兵衛

官兵衛の救出と竹中半兵衛の死

 竹中半兵衛の死

天正7年(1579年)春。
荒木村重の有岡城は未だ攻め落ちていません。強固な城郭を無闇に攻撃しても埒が明かぬ。そう悟った秀吉でしたが、どちらに有利ともつかないうちに時間だけがただ流れて行きます。
籠城戦が続く三木城においても同様で、村重の謀反により食糧の補給路を形成せしめた別所氏は、持久戦に未だ持ちこたえていました。

4月、三木城攻めの最中に秀吉方の参謀である竹中半兵衛が病に倒れます。戦線を離れて京で静養しますが、体調は回復しません。死期を悟った半兵衛は、武士の死に場所は戦場であると三木城攻めの本陣へ戻ります。
秀吉は半兵衛の帰還に喜びの声を上げますが、6月に昏睡に陥った半兵衛は、そのまま陣中で死去したのでした。享年36。

竹中半兵衛の墓
▲竹中半兵衛の墓(兵庫県三木市平井)
ちょうどそのころ…
御館跡 天正6年(1578年)~
天正8年(1580年)

御館の乱

おたてのらん

越後の上杉謙信の死後発生した家督争い。上杉景勝(うえすぎかげかつ)が勝利するものの、越後は疲弊。信長による圧力も強まり、上杉家は危機を迎えます

写真は御館跡(新潟県上越市五智1-22)

 官兵衛、栗山善助の暗躍に救われる

一方、播磨の黒田家も手をこまねいていたわけではありません。黒田二十四騎の一員に数えられた家臣・栗山善助(利安・くりやまぜんすけ・としやす)・母里太兵衛・井上九郎右衛門(之房・いのうえくろうえもん・ゆきふさ)たちは有岡城を偵察すべく、商人に扮して城下に潜入していました。

上手い具合に善助にはツテがあり、旧知の金銀細工商であった銀屋新七という男の助けを借りて有岡城の門番であった村重の家臣・加藤重徳(かとうしげのり)を丸めこむことに成功します。重徳は善助に便宜を図り、官兵衛が囚われている牢まで手引き。よもや殺害されたかと思われていた主君との再会を果たしました。

すぐに救出というわけにもいかず、近況の報告といずれ必ず救い出しましょうとの言葉を残し、善助は城を去りましたが、それでも官兵衛にとって無尽蔵に湧きあがる希望の報せとなったことでしょう。

栗山善助
▲栗山善助

かたや村重は、いつまで経っても来る気配のない輝元の援軍を今か今かと待ちわびていました。
9月に入るとさすがにもう我慢できなくなったのでしょう、村重は側近のみを連れて夜半に城を脱出し、茶道具片手に大物城(だいもつじょう・尼崎城)へ向かいます。これを城と家族を捨てて逃亡したと見るむきもありますし、輝元を説得するために自ら安芸国(広島県)へ向かおうと城を出たとする説もあります。茶道具は輝元への手土産だった、というわけです。

城主不在となった有岡城を守る村重の家臣の荒木久左衛門(あらききゅうざえもん)は抗戦を指揮。しかし、信長の家臣・滝川一益(たきがわいちます)の調略が功を奏し、寝返る家臣が出たため城内は混乱し、信長軍の兵の城内侵攻をやすやすと許してしまいました。
それでも本丸の守護は堅いため、信長軍は城の明け渡しと兵士・非戦闘員の延命を交換条件に出します。久左衛門は村重に判断を仰ぐため大物城へ向かいましたが、城門を開けてもらえず、行き場を失ってしまい逃亡してしまいました。

善助は久左衛門逃亡の報せを受けると、信長軍に紛れて城内に侵入。既に牢の番人も逃亡していたので、善助は錠前を壊して官兵衛を助け出します。
しかし10カ月にも及ぶ不衛生で狭い牢生活がたたり、弱っていた官兵衛は膝が曲がってしまい、自力で歩くことすらできません。その上、髪は抜け落ち、髭はぼうぼうに伸び、皮膚病までも患っていました。見るも無惨な風貌だったのです。

歩けない官兵衛を運ぶため、平板に官兵衛を載せて人足が担ぎ、一行は神戸の奥座敷である有馬温泉(ありまおんせん)へと向かいます。歴史ある名湯・有馬の湯で官兵衛はしばし療養に専念したのでした。

有馬温泉
▲有馬温泉(兵庫県神戸市北区有馬町)

そののち、体力を回復した官兵衛は播磨へ戻り、懐かしの顔ぶれと再会。
秀吉とも姫路城で対面し、官兵衛の無事を大いに喜びました。療養したとはいえ、官兵衛の膝は完治せず一生足を引きずって歩くことになります。忠義のため自身を差し出した官兵衛のその姿に、秀吉は涙を流しました。

官兵衛無事の報せを聞いた信長は、半兵衛に長政の処刑を命じた過去を悔みましたが、半兵衛が機転を利かせて長政を延命させたことを知り安堵。半兵衛に感謝します。
官兵衛も同じく死んだと聞かされていた子息の無事に感激し、のちに竹中家の家紋を貰い受けるのでした。

窮地から救われた官兵衛。続いてこの戦の後処理に掛かります…

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画像引用:wikipedia/松岡明芳様(http://ja.wikipedia.org/wiki/
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